夢も仕事もディンギーからクルーザーへ
栃木 一夫さん (株式会社 栃木屋 代表取締役)


法人会をはじめ、多くの地域活動に
忙しい栃木さん

会 社 名 株式会社 栃木屋
主な職種 機構部品設計・製造・販売





出世不動通りに面する本社ビル





セントアンドリュースでゴルフ。奥様と



今はクルーザーでゆったりと



大学時代 レース用A級ディンギーで

子供の宝箱を開けてみると、なにやら部品らしきものがある。不思議な形をしているから子供の目には「ガメラ」であり「ラピュタの城のロボット」と映る。だから宝物である。この不可解な形の部品はひょっとして機構部品であろうか。

栃木一夫さんが社長をつとめる株式会社栃木屋は機構部品を設計・製造・販売する会社である。機構部品を具体的にいうと、箱(筐体)を構成する金具類、蝶番・錠・留め具・把手・キャスターなどである。

栃木屋は大正2年、栃木さんの祖父が麻布新網町で金物小売業として開業した。近くに日本電気の社員寮があり、そこに鍋釜を収めていた。父はその日本電気に入社し、後、家業を継ぐために退社、昭和18年有限会社栃木屋製作所を設立、日本電気を顧客に筐体の機構部品を販売した。昭和20年、父は結婚を期に現在地、内神田に移転し、その4年後株式会社に改組した。来年60周年を迎える。栃木さんは戦後まもなく神田で生を受けた。

栃木屋の製品カタログには600種以上の商品が並ぶ。顧客は筐体設計者である。発注担当者を介さず設計者と品質を前面に出して取引できるのは強みである。このためカタログには設計者には不可欠な写真と図面が掲載してある。これほどの製品数を自社で少量作ることには無理がある。製造は協力工場に依頼している。


機構部品の一部、何かを連想させる。右上はGマーク商品。

しかし、商社活動だけで自社の存在を示すことは難しい。独自性を顧客に印象付ける必要があるから栃木屋ブランドの商品開発をする。川口市のR&Dセンターは栃木屋をアピールしイメージアップを図る研究開発施設である。アジャスターフット(筐体の足の高さを調整する金具)ではGマークの選定を受けた。

こうした活動で海外からも注目されている。USAはインチ制でメーター規格に弱い。USAのデザイナトロニクス社がヨーロッパ向けの商品を調達するため取引を求めてきた。

さて栃木さんの趣味は大きいもので2つ。ヨットとゴルフである。ヨットは大学のヨット部に入部しレースを志し始めた。2人乗りのディンギーは、いま仲間と共同で購入した艇長30フィートのクルーザーとなった。三浦半島の諸磯に係留している。たまに仲間と海に出るが、レース出場の回数は減り葉山沖あたりで帰ってくる。「体力が失せましてね、だれも操舵する気がない。家族も次第に遠のいて後継者がいません」。ゴルフは習志野カントリーの会員であるが、他のゴルフ場を含め年間40回ほどしている。同行者は高校の友人である。

このふたつの趣味は完全に遊び。「接待ではしません。会社経営と私的な将来への展開のための情報収集です」。 「会社は潰してもいいよ」は父の言葉である。息子への思いやりで言ったのか、励ましだったのか、栃木さんはいまだにわからない。後継者はいまのところ決めていない。そのことを伺うと「この時勢だから任せるとしたら息子も大変でしょう。」という返事が返ってきた。いつの世も経営者を兼ねる父親にとってのジレンマなのかもしれない。

(2008年8月27日:取材)