文明を育む燃料を供給して129年
大家 正光 さん (東英石油 株式会社 代表取締役社長)


さらなる事業展開を目指す大家正光さん

会 社 名 東英石油 株式会社
主な職種 石油製品・自動車関連商 品販売、不動産賃貸管理





デザインに昭和初期の香が残る本社ビル





昭和5年貝印(シェル)溜池給油所開店



1992年
ロスアンゼルスでの小売業視察ツアー

大昔、人は火を手に入れた。火は人間を文明に導いた。火の機能の中に「灯り」がある。灯りは人の活動する時間と場所を拡大した。人は日の出に起き日の入りに眠るというルールから開放され、夜間でも穴倉でも生きることができた。火は文明を育む環境を人に提供したのである。

日本では古くから灯火用として様々な燃料が利用されてきたが、江戸時代中ごろからは菜種油が高級な燃料として使われ明治に至った。大家正光さんの父上が代表を務める合資会社大家商店は明治12年、大家重次郎により燃料用菜種油の販売を業務として創業した。今年で129年を迎えた。大家正光さんは5代目である。

明治初期は文明開化であった。日本には新たな燃料、石油が持ち込まれた。石油は安価で光度が高いという特長を持つ。主役は石油になった。しかし明治末になると電灯が普及し、大正には東京市内全域で使われた。60年弱の間に照明方法は変遷を続け、このため燃料問屋は激流に身を置くことになった。中には閉店に追い込まれるものがあったが大家商店は耐えた。

灯油の時代、スタンダード石油の代理店になった。自動車が普及し始めた大正末にはガソリンを扱うようになる。その時の元売はライジングサン社であった。ライジングサンは今日の昭和シェル石油の前身である。現在特約店としての付き合いは80年強になる。

大家正光さんが社長を務める東英石油株式会社は大家商店の石油部門を分離独立する形で設立された。昭和24年のことである。


1991年、F1日本GP(鈴鹿)でマクラーレン・ホンダ優勝のとき。
シェルチームの一員としてパドックで

大家さんはこの事業を受け継ぐべく、大学を卒業すると名古屋の大手石油販売会社に勤務し、さらに2年後昭和シェル石油に入社して全国をとび回った。

東英石油にもどってからはガソリンスタンドを自動車のコンビニエンスストアというべきトータル・カー・ケア施設として位置づけ施策した。この事業展開のため同業者とともに国内、海外の異業種マーケットを数多く視察した。「首都圏各地に『カーオアシス』と名づけたSSを展開しました。燃料油以外の商品、潤滑油・タイヤ販売・整備・洗車・車検・保険・中古車販売まで事業を拡大しました。」 1996年、「特石法」が撤廃され販売が自由化された。異業種の会社がガソリン販売に参入した。この環境の中、自動車燃料小売は過当競争の中に置かれている。また昨今の原油価格高騰はさらに業界の経営環境を厳しくしている。

大家さんの趣味は中学時代から続けているテニスやスキーである。もうひとつはエネルギー販売の世界で得たモータースポーツだろうか。でも今は少し疎遠である。業界団体・地域活動に割く時間が増えたからだ。関わりの深い消防・警察関係の役員の他、法人会の青年部会では租税教育事業をはじめ様々な活動を積極的に実施している。

大家さんは次世代エネルギーにも目を向けている。勉強は怠りない。勉強や日頃の活動は、大家さんの中に事業展開のエネルギーとしてたっぷり備蓄されている。

(2008年8月7日:取材)