壮大な歴史の中に生きている
木内 武郷 さん (レオマカラズヤ 株式会社 代表取締役)


木内さんの風貌は神保町の主のようである

会 社 名 レオマカラズヤ 株式会社
主な職種 男物鞄販売
URL (レオマカラズヤ 株式会社)
http://www.leo-makarazuya.co.jp/





店内に掲げられている
マカラズヤの看板




鞄、財布に銘を入れる
年代物のプレス機




独特の雰囲気を醸し出す店頭

「レオマカラズヤ」は明治39年(1906)「マカラズヤ」として生まれた。この名は「正札販売」に由来する。19世紀以前の日本では商品の取引は大方「相対(あいたい)」で行われた。「相対」はいまでは骨董の売買に残っているくらいか。売る者と買う者とでの駆け引きだ。両者は的確な商品の知識を持ち、あとは勢いと心意気だ。当然売り方は負けを見越して掛け値をつける。素人や気弱な者は言い値を受け入れ実価格より高めに買う羽目になる。これでは怖くてもう買いに行けない。

正札販売は17世紀に越後屋(現在の三越)で行われた。この販売方式では売り方は商品の市場性を把握している。その品質の対価として自信をもって値をつける。その店で安心して購入した客は品質と価格に満足しリピータとなる。結果は顧客層を広げ、売上げを高め市場を拡大した。

日本でこの方法が普及するにはさらに200年を要した。開店時から「マカラズヤ」は自信を持って価格設定した。何の駆け引きもない。だから客から値引きを要求されても対応しなかった。正札販売店名の「マカラズ」「マカラン」には値を負けない以外に商戦に負けない意味があるらしい。
木内武郷さんは創業102年の「レオマカラズヤ」三代目である。鞄に関して絶対の知識を維持し続けるというやり方は変えない。


江戸名所図会 巻五

木内さんは大の写真好きとして知られている。神田風景の古い写真なら多数、自ら撮影し持っている。さらに遡って江戸・明治の風景画コレクタでもある。江戸天保年間、神田の雉町名主齋藤家三代が出版した「江戸名所図会」7巻22冊を自宅に保存している。それも墨一色の版木刷りに彩色し、江戸市中の雲は金箔をふせてある。大名家由来であるとのこと。石版印刷時期の「風俗画報」も多数ある。葛飾北斎生前の「北斎漫画」だってある。木内さんは千代田区の文化調査員である。歴史に関して深い造詣があるからだ。父親譲りである。

例えば木内さんの壮大な歴史観、『黄河文明』はなかった。「中国地域における歴史は揚子江流域に始まりその流れが黄河流域に至った」と木内さんは言う。四川省には他の文化に先駆けて青銅製縦目仮面出土の三星堆がある。それを確認するために数年前中国語に堪能な子息と四川に旅したほどである。

正札販売する。その意図と意志の強さをライオンに喩えてレオマカラズヤとしたと、どこかで聞いたことがある。この俗説に対して木内さんは反論する。「実は先代から店を引き継ぐときに店名を『レオ』に変えることを提案したのだけど、これが却下。そこでマカラズヤの頭にレオをつけることにしたんです。将来下を取ればすむだろうとね。」ところがその計画はいまだに実行されていない。そうだろうと思う。いま「レオマカラズヤ」は店名にとどまらず神田神保町のひとつの顔になっているのだから。「面倒くさくなってね」と木内さんが言うのは神田人の自負の表れ。結構照れ屋とお見受けした。

(2008年5月19日:取材)