創業は幻の第12回東京五輪が契機
荒木 伸二 さん (株式会社 黎明社 取締役社長)


神田の活性化のために活動する荒木さん

会 社 名 株式会社 黎明社
主な職種 電子ファイリング マイクロフィルム 
商業印刷





オリンピックへ槌音響く錦河岸界隈




千代田さくら祭パンフレット(2007)



昭和38年頃の本社ビル

昭和15年東京で夏季オリンピックが開催される予定だった。関東大震災から18年目、東京市にとってはインフラ整備に好都合のイベントだった。しかし日中戦争が次第に激化し、そのため建設資材の調達もままならず結局返上してしまった。ご存知のように東京オリンピックがあらためて開催されたのは24年後の昭和39年である。

幻のオリンピック開催計画が立ち上がった頃、それに目をつけたのが、黎明社取締役社長荒木伸二さんの父上である。建設事業があれば設計図の青写真が必要ということになるからだ。

今は設計図がCADで作成され、大判のプリンタ・プロッタで出力されているが、かつては手で書き上げたものであり、それを比較的安価に複写するには青写真しかなかった。よってこれが大量に発注されることを見越してのことである。黎明社は青写真製作を社業として昭和12年に神田錦町1丁目神田橋交差点北西角、今の都心環状線神田橋出口の前で創業した。

思惑が外れオリンピック景気にはあずかれなかったが、街の再生や駐留米軍のカマボコ兵舎など、建築などに伴う青写真の製作で戦後の復興期には業績を上げた。

青写真は今、実体がない。会社の名前とか「人生の青写真」
「都市の青写真」など将来の計画という意味で言葉だけ生きている。その時流の中、黎明社は青写真に続き、企業向け写真ラボ、マイクロフィルム、電子ファイリング、商品カタログ印刷など次々と事業を展開してきた。もちろん神田錦町1丁目にある土地も資産として運用している。

マイクロフィルムも青写真と同じく過去のものと思うのは間違い。過去にデータ保存用として導入した官公庁では、まだまだ健在であり、メンテナンスの需要はある。

さて、荒木さんはこの事業の展開の中で、自由にできる時間が少ない。ただ街の活性化には意を強くしている。東京都印刷工業組合千代田支部に加入している。この組織は千代田区商工業連合会に所属しているが、この会は過去数年靖国神社の「千代田さくら祭り」に力を入れている。荒木さんはこのメンバーである。

「丸の内シャトルバス」は桜まつり会期中の2日間、九段下から秋葉原、神田神社まで延伸して花見客の便宜を図っている。公式ガイドマップを発行し花見客に頒布、桜の名所案内はもちろんであるが、付近の店舗の宣伝も盛り沢山。

荒木さんをこの行事に駆り立てる要因は何か。ただのロマンからではない。
「適正な地価の上昇は神田に住む人々にとっては決して悪いことではないんですよ。地価が上がればどんな小さな土地でも貸しビルを営んでいる人は、地代・家賃に反映できる。商売をしている人は土地を抵当に銀行から資金の借り入れがしやすくなります」。

バブル景気がはじけた折、神田あたりでも地価は3〜4分の1まで下落した。これではとても暮らしていけない。「だから神田を魅力のある街にし続けなければならない」と荒木さんは考えている。

                 (2008年1月23日:取材)