作家志望の若者は今、つり人発行人
鈴木 康友さん (株式会社 つり人社 代表取締役社長)



穏やかそうに見えて心中燃えている鈴木さん



会 社 名 株式会社 つり人社
主な職種 つり雑誌・単行本発行
URL http://www.tsuribito.co.jp/




つり人社刊行本が並ぶ本社ウインドウ



つり人社刊行図書の一部



つり人創刊五十周年記念復刻本。
この表紙には藤田嗣治、中川一政画伯
の作品もある。



神保町の本社ビル

日本で趣味としての釣りは江戸開府の頃で、武士層から始まった。江戸には大川はあるし、舟を出せばすぐ江戸前という好環境が支えた。その後生類憐みの令で一時衰退したものの、開府200年を迎えるころには江戸庶民へ、全国へと広がった。

いま全国で1誌しかない全国誌の総合釣り雑誌「つり人」が神田で創刊されたのは必然的なのかもしれない。

株式会社つり人社は、昭和21年7月、駿河台下三省堂横で創業した。その後小石川・渋谷などを経由して現在創業62年、神保町に自社ビルを建て居を構えている。
雑誌「つり人」が発刊したのは戦後1年過ぎて物資が欠乏していた頃で、紙の供給もままならない時代である。それでも休刊することなく出版を続けた。

創業者は佐藤垢石、昭和24年に竹内始萬が株式会社を設立した。続いて小口修平、現在の代表取締役社長、鈴木康友さんは3代目である。社長は血縁ではなく社員が継承している。経営的に強みである。

現在、雑誌「つり人」「Basser」 「FlyFisher」の月刊誌や、ムック誌、書籍、ビデオ、DVD等を出版している。

鈴木さんの夢は物書きになることだった。ところが「物書きが精神的に重い仕事であることをすぐ理解しました」。で、出版関係に将来を託すこととした。当時はスキーが主な趣味であり、その出版にも足を入れかけたことがあった。しかし、趣味を仕事にしたくないとの思いで、まったく縁のなかった「つり人社」に入社した。
しかし仕事をしていて全くの素人でいられる訳はない。いま鈴木さんは釣りの有段者である。
つまり「仕事が趣味になった」のである。

鈴木さんは常に前向きに攻撃的である。会社の原稿作成に当時としては高価なワープロを20台一挙に導入し、印刷会社との作業の流れを築いた。カメラをデジタルに変更し、後処理費用を0まで減じた。
三崎神社大祭では本社ビル1階の駐車スペースで、山車を引く子供たちに菓子などを配る“振る舞い”を行なっている。神酒所に提供したこともある。社員が神輿を担げるよう法被も10枚購入している。神田に拠点を置く企業として祭には積極的に参加している。

鈴木さんが創刊した「Basser」の表紙はすべて英語だ。ポケットに入ることが一つの仕様であったが、次第に広告が増え記事が少なくなる。
読者から記事を増やして欲しいという要望が多く寄せられた。その多くは小中学生であった。彼らは喜んで英語混じりの記事を読んでいた。その子供たちの中からその後海外に渡った人が多い。「私は釣りを通じて子供達の英語教育もしたんですよ」。

ところでいま、鈴木さんがアピールしているのは「侵略的外来種問題」である。
ブラックバス・ブルーギルこそ冤罪の被害者であると。これらが繁殖した要因は河川や湖沼の改修であり、水辺の芦や草の除去にあると。興味のある人はつり人刊行の「底抜けブラックバス大騒動 池田清彦著」をお読みいただきたい。
                  (2007年12月19日:取材)