ゴルフは家族・社会との絆
山田 丈夫 さん (曙興業 株式会社 代表取締役)


笑顔を絶やさない山田丈夫さん。

会 社 名 曙興業 株式会社
主な職種 貸ビル業
URL http://www.musashinoshoin.co.jp






曙興業ビルの背後はお玉が池跡。
近くには千葉周作道場跡も。




神田祭、宮入りの山田さん。



曙興業本社ビル

ゴルフは昭和40年代ビジネスマンの間で爆発的な人気となった。テレビ中継の効果もさることながら、面白いし、ビジネスのお付き合いの道具としてとても有効だったからだ。
しかし当時は高価な遊びで、税金の控除対象にならないか、手当てが出ないかとか、冗談半分の話題にもなった。
バブルがはじけ、支えてきた層がそろそろ定年を迎え、最近のゴルフは下火になったのかと思ったがそうでもない。
若者・女性の間では定着している。土日は満員というゴルフ場が増えてきた。

曙興業の前身は、祖父の代、中野で金物を販売していた。その後父が工業系の学校を卒業して家の背後に鉄工所を設け金具の製造を始めた。その勢いは建築用資材である「カスガイ」の製法特許を持っていたほどである。金具の取引先は神田の金物通りにあった。中野から神田まで往路は製造した金具を、帰路は金物問屋から仕入れた鍋釜をリヤカーで運んでいた。そうこうするうち、取引先の勧めで神田に事務所を置くことになった。
それが曙興業社長山田丈夫さんと神田のなれ初めである。
家業は順調に発展し、大田区に工場を作ったり神田にも従業員寮を作ったりで、あちこちに不動産が増えた。そこで父は金物製造を兄弟に任せ、不動産の管理をすることになった。これが曙興業である。

曙興業社長、山田丈夫さんのゴルフとの関係は深い。
山田さんの現在は公私ともにまったくゴルフ漬けである。
ゴルフ歴は中学生から始まる。父親に連れられていきなりコースへ。
満足に打てるはずもなくゴルフ場の隅々までボールを追いかけて走り回った。それはどちらかというと苦痛であったろう。
しばらく中断。
本格的に始めたのは大学に入ってから友人に誘われてからだった。今日までおよそ40年はゴルフゴルフをし続けていることになる。「ゴルフは高価な遊びと捉えられていますが、パチンコや釣に較べたら安い遊びですよ。芝生の上を1日中歩きまわる。健康な遊びですよ。」
そう言う山田さんは月5〜6回はコースに出ている。千葉廣済堂カントリーの会員であるが、シングル(ハンディ7)である。こういうと遊んでばかりいるようだが、違う。

いまから10年ほど前、ゴルフが国体の公式競技に指定された。その選手選考のために東京都は各区に要請しゴルフ協会設立を促した。千代田区ゴルフ協会はその時創立され、その3年後山田さんは地元ゴルフ仲間の推薦を受け理事になった。いま副理事長である。副理事長の仕事は会員への広告から始まって参加費の徴収まで手がける。千代田区ゴルフ協会内での大会は年に3回ある。役員会は月に1回。日常の仕事にこれが加わるのだから忙しい。

「息子もゴルフをしてますが、ゴルフは共通の話題になります。今日まで息子との関係をよく保てたのもゴルフがあったからでしょうね」。

(2007年10月22日:取材)