誰もが背中に神様を背負う街
田端 幸一 さん (有限会社 八百松 代表取締役 東京神田青果物商業協同組合神田支部長)


神田っ子であることを誇りとする田端さん

会 社 名 有限会社 八百松
主な職種 青果卸




店舗。デリバリーも多い。






消防団は現役。



近所の氏神様、出世稲荷。



大田市場青果部
売買参加章。

縄文時代、人が取引などで折衝するときにお互いの間に嘘は存在しなかった。なぜなら人にはそれぞれに神様がついていて、互いの言葉は神様の意志であり、神が神に嘘をつけるはずがないからである。とは、哲学者梅原猛氏の縄文人の宗教観にかかわる説である。

この説を2000年以上も遡らなくても、今体験できる地域がある。それは神田である。

有限会社八百松は淡路町に開店してから60年経つ。当時背後に神田青果市場をひかえた好立地条件で地元に新鮮な青果を小売していた。ところが現在このあたりは周辺地区と同じく夜間人口は極めて少なくなった。店に野菜を並べても買いに来る客はそういない。だから今、顧客は食堂・レストランに転換した。周辺は松栄亭・いせ源・ぼたん・藪蕎麦・志乃多寿司・竹むら・神田まつやなど、古くからのグルメ街である。市場はまだ充分ある。

青果市場が大田区に移ったのは八百松にはたいした問題ではない。遠くはなったが片道20分くらいで行けないことはないからだ。ただ環境が変わったためか仲間で老齢の3名が体をこわし亡くなったという。

田端幸一さんは「八百松」の2代目である。生まれついて60余年神田住まいだから役も多くて当然だ。
東京神田青果物商業協同組合神田支部長、神田消防団分団長、神田須田町北部町会副会長、交通少年団・消防少年団各副団長などである。さらに今年から神田法人会支部長の役が加わった。
すべて地元への社会奉仕である。

「巨峰を10箱用意して」と、近所の方が注文に来た。
遣い物にするらしい。
しかし店主も客も納期と房の数を確認しただけで商品の仕様を特に言わない聞かない。
「はいよ」の一言で用が済んだ。
付近には高級な果実店があるから遣い物ならそちらで買えばいいのではと思うのは早計である。人に差し上げるものでも自ら商品を確認しなくても良い。
田端さんに頼んでおけば品質は問題ない。「わかっている人は家にくるよ」とは田端さんの自信の現われである。
「金は後でいいね」といわれてどうこう考える前に「いいよ」と言ってしまうのも神田っ子のDNAによる。ちょっと気になるが絶対払わない人はいない。

「そういう商売ができるのも神田だから」と田端さんは言う。
神田から他区に転勤になった人がふらっと立ち寄った。そしていわく「参りましたよ、住民の人柄が違うんです」。同じ東京でも人情が伝わらないと言いたかったのだろう。

「私はずっとここに住みたいね。この商売だってほかの土地じゃできないよ。人情が違うもの。こんな商売してて甘いと言われるかもしれないけど、お互いの信用で商売できるのはいいよ」。息子さんが跡を継いだことでもあるし、まだまだ田端さんの神田の日常は続く。 

(2007年9月4日:取材)