キャリア40数年、華の熟年ライダー
鈴木 一雄 さん (株式会社鈴武 代表取締役)


「新しいもの好き」は血筋です
と語る鈴木さん。

会 社 名 株式会社鈴武
主な職種 装粧品、おしゃれ小物、
雑貨、 アクセサリー等の卸売り





バイク暦は40年を超えた。
その間、数多くのツーリングを
楽しんだ。






いま、仕事で乗るスクーターとともに。



母校である日本大学の仲間と、最近合唱団を作った。鈴木さんはバリトンを担当。

昔でいう「小間物屋」の二代目。簪(かんざし)などの和装小物を除くおしゃれ小物全般の卸売りが本業だが、小売店の展開を試みたり、輸入雑貨を扱ったり、新しいことにいつも挑戦してきた。

つい最近も、おもちゃ類のネット販売を立ち上げたばかり。“好きなものを好きな人に売る”、常に時代の最先端に身を置いていたい、という思いがある。
好きなことにのめりこむ―それは趣味の世界に近い。

鈴木さんが家業を継いだのは26歳の時。
学校(日本大学)を出て4年間、大阪のメーカーに“丁稚奉公”をしたあとのこと。ではなぜ大阪に行っていたのかというと
「アメリカ留学か、大阪へ修業に出るか選べといわれ、外国は絶対に嫌だったから商売の町大阪へ。荷造り、配達から始めた。勉強になりましたね」

さて、今でこそ愛車は125ccのスクーターだが、鈴木さんのバイク歴は40年を超える。その出発点は高校生の時だった。
「親に頼んでカワサキの150ccを買ってもらった。うれしくて本当はだめなのですが通学にも乗っていきました」
そして、友人がホンダドリームに乗り始めたのに刺激を受け、どんどんエスカレートしていった。


「ホンダCB450などの2気筒に惚れ込んだ。そして、昔のメグロの流れを汲むカワサキが発売したW1(愛称:ダブルワン)をとうとう新車で買いました。やっとこれで念願が叶った」
その頃は家業に精を出していた。平日は目いっぱい働き、休日のたびにバイクの遠乗りで発散させるという日々だったという。

「カワサキの名車といわれた750RS(愛称:ゼッツー)も手に入れた。これは長距離を突っ走るだけで、峠越えはダブルワンと乗り分けていました」
バイクというと、古くは“カミナリ族”、最近では“暴走族”を思い出すが、鈴木さんは徒党を組んだり人に迷惑をかけるのが嫌いで、どんなグループにも属さず、気の置けない4,5人の仲間とツーリングを楽しむだけだった。

「よく出掛けたのは相模湖、日光の金精峠、箱根旧道の七曲りなど。スピードじゃなく、カーブで乗るフォームを競う。道をこすり火花を散らしながら。夏などは上半身裸、転んでできる傷は“勲章”でした」

徒党を組まない。悪いことや、馬鹿なことはしない。このモットーを貫いているのは“江戸っ子のプライド”だった。
「群れないで、意地を張っていると孤立することもあります。実際、窮地に陥ったこともあります。しかし、そんな時は必ず味方が現れる」

鈴木さんの祖父は、かなり名の売れた「飾り職人」だった。そして、鈴木さんのご長男はいま、コンピューターの世界で活躍している。
[職人の血と商人の血(私の父)を両方受け継いでいるはずだから、何とかするでしょう。心配していません]
家業を継ぐとか継がないとか、いまは全く話題にのらない。
(2007年3月23日:取材)

(2007年3月23日:取材)