陶商三代目は、千代田区アーチェリー協会の会長
森田 雅敏さん (合資会社森田商店 代表社員)


アーチェリー、バイク、楽器と多趣味です、
と語る森田さん。

会 社 名 合資会社森田商店
主な職種 陶磁器、ガラス器、
漆器等の小売




40歳位まで10年間乗っていた
という愛用のバイク(255cc)。



普段練習する千代田区体育館に置いてある
愛用の弓などの道具。



6年前、横浜近郊のフィールド
アーチェリー場で。
 先々代が文京区内で創業した陶器商、せともの「森田陶苑」。これが戦災にあって現在地に移ったのが戦後すぐのこと。お隣りの定食屋さん(現在はとんかつ屋)と共同でビルを建て、住まいとお店(地下1階)にしたのが20年ほど前である。実は森田さん、三代目を継ぐとき少々迷いがあった。ほかにやりたい仕事があったのだ。しかし二代目の父は陶器商組合の理事長を長年勤めるなど人望があり、その役職を降りることになったとき、同時に店を閉めたのでは格好がつかない、その思いが森田さんに“三代目を継ぐ”決心をさせた理由のひとつだったという。

 「私は多趣味でしてね、好奇心が人一倍。もうやめてしまったものを含めると十指に余ります。その中でひとつ選ぶとなると、やはりアーチェリーでしょうかね。学生時代にクラブに入ってからですから30年になります」
この競技、認知度は、けして高いほうではなかった。しかし、2004年のアテネオリンピックで山本博選手の銀メダルの活躍があり、“中年の星”として一躍脚光を浴びマスコミをにぎわせた。

 「山本選手は中学の頃から“横浜に天才少年あり”と騒がれていました。都の大会などで対戦したこともありますが、とても敵わない。どうしてあんなにあたるのか不思議に思ったほどです。射撃の競技は全てそうですが、努力ではどうにもならない、天分があると思います」
森田さんは学生時代から、全関東大会に出るところまではいったが、全日本大会にまでは手が届かなかった。だからこそ楽しみとして現在まで続けられたのかもしれないという。練習の場所は鎌倉橋にある区の総合体育館。和弓と仲良く同じ場所を使っている。

 「我々は火曜日と金曜日。週に2、3回は練習ができます。千代田区にはアーチェリー協会があって、会員数は50人ほど。区民大会や、合宿、新人教室などもあります」
森田さんは、区の協会の理事長を長年勤め、2年ほど前に会長に就いた。初心者に楽しみ方を教え、レクリエーションとしてのアーチェリーの普及に努めている。

 「自分が引くのはせいぜい週に1、2回程度です。アーチェリーには的まで30メートルから90メートルまであって、もちろん的の大きさも決まっています。今の体育館は30メートルとるので精いっぱい。和弓と共用なので公認の競技場ではありません」
シンプルな道具に始まり、照準機をつけたり、引き金のような特殊な道具を使ったり、かなり複雑なクラス分けがある。正式競技をするには公認のコースに出掛けなければならない。

 「簡単なようで、正式競技となるとかなり体力が必要になります。これまでに試合でいい汗もかいたし、冷や汗もずいぶんかいてきました。的に命中する喜び。それと満点という神の領域に近づく可能性を常に秘めている競技、それが魅力でしょうか」

 これからは世話役として、競技の素晴らしさを後進に伝えていくことに力を尽したいという。

(2007年3月2日:取材)