防災の町の伝統と誇り“ご近所の底力”
早尾 勇さん (有限会社早尾商店 代表取締役)


「防災の町」の伝統と誇りを語る早尾さん。

会 社 名 有限会社早尾商店
主な職種 不動産賃貸、不動産管理



関東大震災のときに大活躍した
という和泉町ポンプ場。
レンガ造りの建物は今も現役という。



平成18年に完成した
「神田和泉町八十年」記念誌。
表紙とイラストのページ。
バケツリレーも描かれている。




和泉小学校入り口にある
「防火守護地」の石碑。
 早尾さんの祖父が明治の初期、紀州和歌山から上京して「八百屋」を開業したのが、神田和泉町に根を下ろすきっかけになった。父が二代目を継ぎ、その兄は紀州名産の梅干を“東京梅干”として売り出すことにも成功する。

 「秋葉原に貨物駅があり青果市場もあった時代、八百屋の立地条件としては最高でした。私が三代目を継いできましたが周囲の環境も変わったので昭和51年にビルを建て替え、1階をミニスーパーにし生鮮三品(青果、肉、鮮魚)、菓子パン、缶詰、乾物、雑貨まで商うようにしました。その後、地域の住民の減少と平成二年に私が体を悪くした事から廃業しコンビニエンスに入ってもらいました。また、地元の和泉小学校(旧 佐久間小学校)には親父から私、息子、孫まで四代続いて学んでいます」

 神田和泉町は平成17年、町会創立80周年という節目の年を迎えた。その記念事業の目玉として、「神田和泉町八十年」と題する記念誌を発行した。早尾さんも第13代町会長(平成14年まで二期4年務めた)として、古い写真を提供したり、取材を受けたり、座談会で思い出話を披露したりしている。

 「町会が出来たのは大正14年、その2年前に起きた関東大震災のとき、活躍した自警団が発展して組織されたと聞いています」

 100人のバケツリレーを行うなど、多くの住民が協力して火勢を止めた、という誇り高い町ぐるみの防災。この時のいろいろなエピソードは、これまでに多くのメディアで繰り返し紹介されてきた。

 「私はこれを“ご近所の底力”と呼んでいます。防災対策として、いろいろな設備や訓練も必要ですが、一番大切なことは、自分たちの町を守るのだという強い気構えを持つことだと思います。強い精神力は、どこにも負けないと思います。神田和泉町には80年の伝統があると、常に誇りにしています」

 この“ご近所の底力”は防災の面だけではない。町会の組織作り、古くから親しんできた町名を守ることなどにも、十分に発揮されてきた。「町会事務所の“和泉会館”は関口さんという篤志家の寄贈によるもので、町会の貴重な財産です。不動産を所有している町会として、公益法人((地縁団体)として認可を受けたのも、千代田区はもとより東京都内でも一番早かったようです」

 もう一つは、昭和30年代から進められた地番の整理に、断固反対したこと。当時の町会長を先頭に、「神田和泉町」という町の歴史的財産を残し、守ろうということになったのである。

 「古い町名復活運動が各地で盛んな昨今、時代の先を読んだ行為であったと思う」

 「戦後、昭和29年にいち早く神輿も修理、復活させ、祭りの時には地元の担ぎ手を中心に地元の人間が気安く参加できる地域密着のお祭りにしました。今後は、住民と企業の協力が地域の発展には不可欠ですので、いろいろなイベントを通し融和を図っていきたいものです」
(2006年12月21日:取材)