登山家にして哲学者。我が友R・メスナー
佐藤友行さん(日本用品株式会社 代表取締役社長)



メスナーとの友情が「宝物」という佐藤さん


会 社 名 日本用品株式会社「ニッピン」
主な職種 登山、キャンプ等用品の
企画、製造、販売





メスナー氏。ヨガの行者のような風貌




登頂成功を喜び合うメスナー氏と佐藤社長(1980年頃)




多くの著書が彼の哲学を物語る
 「ニッピン」は今年、創業55周年を迎えた。昭和26年、登山が好きでこの商売を始めた先代(88歳でお元気)は、マニアックな登山家ではなく、靴やテント、寝袋などの道具を工夫して創る方を好んだ。いわば職人気質の人。それは、実用新案146、海外特許12、Gマーク取得12に証明されている。

 さて、二代目を継いでいる友行さんは、今から30年程前の一つの出会いが忘れられない、という。ラインホルト・メスナー。1944年生まれ。知る人ぞ知る偉大な登山家。同社のアドバイザリースタッフでもある、同氏との交流を伺う。

 「あれは確か、私が学校を出てドイツに留学していた頃です。世界最大のスポーツ用品の見本市があって、彼と出会った。無酸素登頂で売り出し中の気鋭の登山家でした。意気投合したのか、いま考えると不思議なくらいスムーズに契約を交わすことができました」

 当時、メスナーの活躍はめざましく、1978年のエベレストをはじめ10数年間で8千メートル級の14座をすべて制覇するという、人類初の偉業を成し遂げる。しかもすべて無酸素。ボンベを背負わない、ほとんど単独行である。

 「メスナーの登山は、人工的な補助手段を使うことを極力避ける、古典的で自由な登山の伝統を守っている。ハーケンなどは山を傷つけるからと使わない。山に対するフェアな態度には敬服させられますね。岩場に取り付く手はさすがにゴツイけど、体はそれほど大きいわけではない」

 富士登山に同行した時のこと。五合目から頂上までの往復にかかった時間が2時間半。普通の脚で8時間の行程である。その体力、心肺機能(高度への順応能力)は、徹底したトレーニングによって、鋼鉄のように鍛え上げられたものなのだろう。それと登る前の集中力はすごい。徹底したシミュレーションとイメージトレーニングをする。

 「いつだったか、京都を案内した時のこと。竜安寺の石庭で彼は動かなくなった。30分、1時間と。無我の境地に入ったように。後で聞くとあの石庭に8千メートル級の山の岩場を見ていた、という。白砂は雲海だと。そして、お前たちはいいな、命がけで登らなくても新幹線で行くだけで、その体験ができるんだから…と」

 登山家にして哲学者、アルピニストにしてヨガの行者と評されるのも頷ける。35歳の頃までに約20冊の山の本を書き、その研ぎ澄まされた感性を通して展開される瞑想と哲学とが、彼の山の本の魅力といわれる。

 そして「山にごみを捨てるなんてとんでもないこと。千年後の子孫のために、山を傷つけず、美しく保つ、山の生き物に優しくする、そんな啓蒙活動を彼は母国で実践している信念の人」と佐藤さんは語る。