自転車で健康ライフ。念願の「野麦峠」越えも
栗下治康さん(株式会社 リ・プリゼント代表取締役)



自転車乗りがライフワークになったという
栗下さん


会 社 名 株式会社リ・プリゼント
主な職種 繊維関連製品、
小物の卸・小売





24段ギアの 栗下さんの愛車。海を見ながら一休み




感慨深かった峠の資料館「野麦峠の館」前にたつ
「みねの像」




5月26日〜28日、6月2日〜4日の6日間、54回目という「岩本町・東神田ファミリーバザール」が賑わいをみせた。
栗下さんの会社も参加した(写真下)


 昔、岩本町周辺は紳士服・衣類の街といわれた。三代目の栗下さんが先代からタオル問屋を継いだのは、地元商工会の青年部時代というから、およそ30年になる。

 さて、栗下さんが、自転車に出会い、これにのめりこみ、健康を取り戻すその辺のお話を伺う。

 きっかけは10年程前、膝の関節を痛めた。走ることはもちろん、歩くにも苦痛がある。医師は「膝の周りの筋肉を鍛えるしかない、自転車がいいでしょう」という。

 「それで近くの荒川河川敷で乗り始めた。最初はママチャリです。河口の葛西から狭山まで70キロのサイクリングロードがある。5キロ往復程度から始めて、だんだん距離を伸ばしていきました」

 何年かして、ママチャリでは物足らなくなってシティバイクに乗り換える。走るコースも河川敷だけでは面白くないと、箱根駅伝のコースを走ってみようか、などとエスカレートしていった。

 「80キロ、時間にして3,4時間走ると足が痛くなる。その頃は壁でした。ちょうど小田原あたりまでの距離。しばらくして町会の会合が強羅であった。みんなはバス、私は自転車で参加。初日は神田から強羅まで、2日目は強羅から元箱根、そしてUターンして神田まで。何とか箱根の山登りを果しました」

 次に挑戦したのが四国への遠征。栗下さんは修業時代、愛媛県の今治のタオルメーカーに約2年勤務した。その頃の懐かしい顔ぶれとの再会と、今治から尾道に至る“しまなみ海道”の走破が目的。3年前の盆休みのことだった。

 「その頃は、脚の具合も随分と良くなっていました。筋肉が鍛えられたのでしょうね。坂出まで夜行で行き、徳島で阿波踊りを見物、高知を経て今治で旧交を温めてから、しまなみ海道を走った。それは例えようのない爽快な旅でした」

 そして去年の秋には、念願だった「野麦峠越え」が実現する。

 「繊維産業に関わる私は、以前から、あの時代富国強兵を支えた生糸産業の底辺に貧しい工女たちがいたこと、その歩いた道を辿ってみたいと思っていました」

 三連休の直前なのに、奇跡的に高山の宿が確保できて出発を決断。新幹線で名古屋を経由して飛騨高山へ向かった。もちろん愛車を担いで。翌日は早朝に宿を発って峠へ向った。

 「峠越えの苦しい旅でしたが、映画“ああ野麦峠”のシーンが実体験できたことには満足しています」

 栗下さんの自転車は安全主義を貫く。決して無理をしない。それと群れない。マイペースという訳にはいかなくなるから。

 「自転車は立派な交通手段。中高年にはおすすめです。健康にいいしスローライフにぴったり」

 自転車は排気ガスもなく地球環境にやさしい。自動車の時代から自転車の時代へ―これが栗下さんの願いである。