アメリカ・コロラドが“第二の故郷”
高遠和則さん(千代田ゴム株式会社 代表取締役社長)


ゴルフとスキーは多忙な仕事に必要な息抜きというという高遠さん


会 社 名 千代田ゴム株式会社
主な職種 合成ゴム、プラスチックなど
工業用素材等の製造販売





留学時代の冬の楽しみはスキー



コロラド大学のキャンパスでくつろぐ高遠さん




現在スキーは年1,2回、最近はカナダのウィスラー。次回冬季五輪のコースを滑ってきた

 高遠という姓でまず思ったのは、長野県の桜で有名な高遠城址だった。「どうやら祖先はあそこの出で、武田勢に追われて上田に逃れたらしい」。

 先代の弥六氏が戦後、ゴム長靴から始めた事業は、石油化学の発展とともに、自動車、弱電分野の隠れた素材として伸びる。今年ちょうど創業60年、現社長の和則氏「アメリカのコロラドが第二の故郷」という。その辺のお話を伺う。

 都立日比谷高校を出て、選んだ学校がアメリカ中西部コロラド州のデンバーにあるコロラド大学。大学院まで足掛け9年間、専門はコンピューターとビジネスだった。いま、同大学同窓会の責任者の一人にもなっている。

 「渡米したのが昭和42年、ドルが360円の時代です。向こうに行くからには日本の武道を身に付けようと柔道を1年ほどみっちり稽古した。ロッキー山脈の麓の町で大自然が目の前にいっぱい。日本人は数えるほどです。ニューヨークとか東部を選ばなかったのは自然が好きだったから」。それと体育教育という科目があって単位が取れる、スキーと水泳を選んだ。これにはかなり自信があった。

 「スキーは3歳から蓼科で父に教わり、水泳は中学で選手。まず本場のスケールに驚いた。日本だと八方尾根辺りでせいぜい3キロ。向こうは10キロのダウンヒルは当たり前、当時からヘリで人を運んでいた。ゴルフも当時覚えました」。

 高遠さんは競技スキーではなく、その頃始まったばかりのモーグルなどフリースタイルスキーにハマった。カイトスキーも体験した。やがて教授から“君にはもう教えることがないから、教える方に回ってくれ”といわれ、インストラクターのアルバイト。これがまた学生生活をより充実したものにしてくれた。

 「日本から赴任していた研究者のご家族とは今もお付合いしてる。お世話になった教授を日本に招いてご案内するとか、ご恩返しは忘れていません」。

 28歳で帰国する。長男であり家業を継ぐことは決まっていた。卒業の記念に帰路北半球一周の大旅行を敢行する。3ヶ月かけて約40都市を回った。

 「今でもあると思うんですが、パリから東京まで正規の料金でチケットを買うと、途中何回でも乗降が可能という制度、これを使った。山が好きだからヒマラヤにも立ち寄った。途中までヘリで。この旅行でバイトの稼ぎを全部使った」。そして、旅先から毎日必ず絵葉書を出すという習慣をこの旅で身に付けた。

 「母が全部とっておいてくれまして、これがいい記録になる。ルートは覚えていても何時何分どこに着いたなど細部は無理です。まして10年、20年経過すると貴重です。写真も好きで撮りますが。この方法は子供たちにも勧めています。将来自分史を書くときの資料に使えますし」。

 「私は団塊の世代で、そろそろ定年という仲間もいるが、私の場合少なくともあと10年は現役で頑張らないと、と思っています」。

 その理由は、後を託す三代目がまだ高校生なこと。大好きな自然に抱かれて、高遠氏にスキーとゴルフ三昧の日々が訪れるのはもうしばらく先になりそうだ。