「街道歩き」が息抜きという物流マン
渋谷隆義さん(株式会社ユニコム代表取締役)


元気なうちは歩き続けたい、という渋谷さん

会 社 名 株式会社ユニコム
主な職種 一般運送、倉庫、梱包など
トータル物流





東海道の終点、京都三条大橋で。数少ないご本人の写真。40代の終りの年。
新幹線で合流した奥様の撮影




東海道の宿場町 関の町並み




東海道を始め、これまで歩いた各地の記念写真のアルバムは50冊を超えた

 今はないミツワ石鹸と共同出資による運送会社が前身。独立して渋谷さんの叔父が物流業を始めたのが昭和31年。今年ちょうど50周年を迎える。短いが父の代をはさんで、渋谷さんは社長としては三代目になる。ミツワ運輸を経て現在の社名になるのは平成2年。いわゆるCI。「ユニバーサル・コミュニケーションの意味。夢があって、いい名前だな、と。この業種の体質を変えて行きたいとも考えた」。さて、渋谷さんのオフタイムは、なんと“街道歩き”であった。

 小さい頃から歴史に興味があった。膝栗毛を読んで、いつか自分も歩いてみたいという想いを抱き続けた。一念発起、それが実現するのが40代の後半。

 「先ず手始めに東海道五十三次。時間に縛られるのが嫌い、好き勝手に歩きたいから独り旅。日本橋から歩き始め、最初は日帰り。箱根あたりから一泊二日になる。寺社に詣でたり、その土地のものを味わったり、寄り道するのがまた楽しい。子供たちやお年寄りなど、人とのふれあいもある」。

 仕事の合間をぬって出掛ける「街道歩き」は週末。東海道は延べにして36日、足掛け3年で踏破に成功、50歳になる前に、という目標はこれで達成した。

 「昔の人はすごいですね。日の出から歩き始めて日没まで10から12時間、40キロは歩いたらしい。東海道約500キロを10日ほどで歩く。私の場合20キロ(5,6時間)歩いたらもうクタクタ。土の道の方が歩き易いのかも知れない。箱根越えの旧道の方が、坂道だったけど楽だったから」。

 東海道に続いて、日光街道約160キロ、甲州街道(下諏訪まで)約200キロもすでに踏破、中山道はすでに碓氷峠を過ぎ、木曽路にかかっている。草津宿で東海道に合流するまで、すべて山の中の難儀な道が約半分残っている。

 「峠からの眺めの素晴らしさは感動もの。奈良井宿など旧い町並みでは時間が江戸時代に戻ったよう。鳥居峠には熊が出た時に鳴らす鐘があった。実際に歩いて見ないと体験できないこと、新しい発見がたくさんある。それが楽しい」。

 外国にあまり興味のない渋谷さん、街道行脚を続けるうちに日本人に生まれて良かったと思う。日本の文化、自然の豊かさを大切にすべきだ、と痛感する。

 「私はこだわらない主義なので、一応予定は立てるけどいつもなりゆき。江戸五街道に限らず脇街道も調べて歩く。奥州街道は白河の関までとなっていますが仙台あたりまで歩いてみたい」。

 考えてみれば、このスピード時代に自分の足だけを頼りに、気の向くままゆっくり時間をかけて見て歩くという、一番“贅沢な旅”といえるだろう。

 物流業界はいまや難問山積、厳しい競争の時代に突入している。顧客の信頼をいかに獲得するかで知恵を絞り、日夜奮闘する“物流マン”の活力の源泉は、この“街道歩き”にあったのだ。