ガリ版の開拓者・わが父に感謝
幅 和弘さん(株式会社ショーワ代表取締役)


父・弓之助氏を語る幅和弘社長

会社名 株式会社ショーワ




創業50周年披露パーティ(昭和53年)
で手品を披露する先代社長弓之助氏 



先代が“世界の名人”と絶賛した塚越源七氏のガリ版の作品。蔵書に貼る“書票”




戦後再刊した「昭和堂月報」と現在発行している「SHOWA NEWS」

 中高年以上の方々にとって“ガリ版”(*)は懐かしい響きを持つに違いない。わら半紙の試験問題。同人雑誌や組合のアジびら等々の熱い思い出。今や印刷業界もハイテク化が進んでいるが、その原点には、当時は時代の先端を行っていたこの技術があること。その普及と啓蒙に力を注いだ人がいたことも、忘れてはいけない。幅さんというとても珍しい姓、それが話の糸口になった。

 「父・弓之助の故郷は、今の岐阜県の美濃市。美濃紙で知られる紙すきの郷です。明治33年、西暦で1900年生まれの父は17歳で上京します。なぜか同郷の人たちには紙関係の仕事に就く人が多く、父も同郷の先輩の経営するガリ版店に勤める」。一念発起して神田三崎町に、美術謄写印刷を主に謄写版並びに付属品の販売を業とする「昭和謄写堂」を開業する。昭和3年、28歳の時です。

「ガリ版は伝承技術で、人から人へ伝えていかなくてはならないと考えた父は、啓蒙活動を通してその普及に力を入れたようです」。

 昭和8年には、PR誌のはしりともいえる「昭和堂月報」の発行を始め、戦争による中断をはさんで、昭和23年に再刊。この頃「謄写印刷の理論と実際」と題するこの技術の総合入門書も発行しているし、翌年から近くの日大の教室を借りて技術講習会を開いている。全国から数百人がここに集い学習に励んだという。

「人を育てることに情熱を注いでいたようで、講習会などで勉強した方々が、いろいろな印刷の分野で、いまそのトップに育っていっていることを、父は喜んでいた筈です」。

 このハイテクの時代に、ローテクの最たるものともいえるガリ版が、いま一部で見直されている。趣味の会など同好の士が集い数少なくなった道具をやりくりして、伝統の技を楽しんでいる。俳句や和歌の文集などには、ガリ版の“味わい”が似合うように思う。

「確かに電気など動力がいりません。人の技と、力でどうにでもなる。中国、南米、ベトナムなどでも新しい形のガリ版が普及しているという話です」。

 “プリントメディアの総合商社”を標榜している同社は、印刷のコンピューター化、デジタル化といった時代の変化にうまく対応したことで発展した。

「父は8年前、98歳で天寿を全うしましたが、町会長として町名を残すことに尽力したり、囲碁、詩吟、小唄、踊り、映画や芝居と多趣味な人で中でも40年も続けた手品では75歳の時、「素人かくし芸大会」というTV番組で優勝もした。晩年は墨絵と盆栽。それに比べて私はゴルフ程度で、しごく平凡」。

 しかし、二代目社長は創業者の父が築き上げた基盤なくして今日はなかったと、いま、感謝の念を新たにしている。



*謄写版印刷、孔版印刷ともいう。
 特殊な和紙を蝋で加工した原紙を鑢の上に乗せ、鉄筆でガリガリと削る。
 それを紙の上にセットし、インクを付けたローラーで刷っていく。